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携帯電話とPHSの競合

「ピッチ」のニックネームで呼ばれた「PHS」は1995年7月にDDIポケット(現ウィルコム)とNTTパーソナル(現NTTドコモ)がサービスを開始し、続いて電力会社なども子会社を作って参入して激しい競争を繰り広げました。

PHSは発売当時、利用料金が携帯電話に比べて大幅に安かったこともあって、それまでポケベルを愛用していた女子高生などに人気を博し、発売2年後の1997年秋には契約者数も700万人を超えました。

ちなみに1995年当時、携帯電話は基本料金だけで4千円~5千円が一般的でした。

つまり1ヶ月間1度も通話しなくても結構な基本料金を取られたわけです。

それに比べるとPHSは一定の条件を満たせば、基本料金は1千円程度でした。

ただ後にPHSが窮地に追い込まれた最大の要因は、その当時一部の業者がPHSを「簡易携帯電話」という名前で携帯電話に対抗する商品として顧客に売り込もうとしたことです。

携帯電話とPHSの大きな違いはそのサービスエリアの広さです。

そもそも携帯電話が自動車電話の発展型として開発されたのに対し、PHSは固定電話の子機を屋外でも使用出来るようにしたものです。

ですから携帯電話はひとつの基地局で1km~10km程度の範囲をカバーするのに対し、PHSの基地局は半径100m~500m位しかカバー出来ません。

つまり基地局が多い都心の繁華街などの場合はともかく、基地局の少ない郊外に出ると通話がしにくくなります。

特に初期のPHSでは車で移動中などは最悪でした。

その為PHSを通話料の安い簡易携帯電話と信じて購入した人から「つながらない」という苦情が増加し、結果はその他の面では様々な長所を持ちながら、PHSそのものが否定されるようになりました。

そして販売不振で事業者も次々に撤退して、近年ではウィルコムただ1社だけがサービスを提供していました。

しかしこのウィルコムも経営が悪化し、2010年2月18日に会社更生法の適用申請をして、今後は官民による企業再生ファンドの「企業再生支援機構」や、その他スポンサー企業の支援を受けながら再建を計ることになりました。

その為現在PHSの将来は非常に不透明になっています。


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